拗ねちゃった子虎
 


     6



とりあえずと一行が向かったのは、
鄙びた里の更に人の気配も薄い奥向きにあった一軒の戸建て。
そうは言っても古ぼけた廃屋手前の古民家などという物件ではなく、
しっかとした立派な作りの、やや大きめの庵というところか。
門もあって椿だろうか瑞々しい緑の生垣があるため、
敷地内と通りとの別もくっきりした家屋であり。
硝子格子という玄関の引き戸をがららと開ければ、
少しほど高い上がり框や そこから奥向きを覗き込みにくくするための衝立がある様式は
やはり古くゆかしき和風のしつらえながら、
そこを越えれば、何てことはない今風の2LDKと二階の居室という住居が広がる。

 「ヨコハマの中心地にいられない時期があったもんでね。」

そんな言いようをして
皆に“スリッパはそこ”と作り付けの下駄箱の隅辺りを視線で示すところからして
どうやらここは太宰の隠れ家、セーフハウスの1つであるらしい。
上着を収納するタンスもあるようだったが、仰々しいものを着込んでいるでなし、
来客側もそのまま主人についてゆけば、
外観が和風だったのを忘れるような広々としたフローリングのリビングが広がる。
内装は壁が全面板張りで天井板を廃して梁や垂木をむき出しにしているところがログハウス風だが、
組み木細工を為した障子戸も明かり取りだろう嵌め殺しの腰高窓へ嵌めてあるのがこそりと和風。
山側と切り通し側との二方向に掃き出し窓が刳られてあって、
ライトアップがされておればこの時間でもあちこちの桜の樹が望めたかもという位置取り。
単に身を潜めるだけの住まいにしては さりげに贅を凝らしてある辺り、
昔の風流人が建てたのを掘り出して、後から手を入れた物件な様子。
身辺整理をする中、これは手放すのが惜しかったという順番で
今も手持ちとしている彼なのだろうなというのも窺える。
芥川にも馴染みのある家なのだろう、
太宰の上着を預かってハンガーにかけると、そのままリビングを出、
勝手知ったるという様子でカウンターを仕切りとしたキッチンスペースへと向かう。
そのまま水を出す音や食器の触れ合う音がしたので、
茶か何か飲み物でも用意せんと立っていったらしく、
もっとのんびりとした訪のいであれば
何だか新婚所帯へお邪魔したような感を察しもしたところだが、
生憎と中也も敦もそこまでこまやかに周囲へ気を回せるような状態ではない。
勧められた応接セットへも、中也が腰かけた向かい側へ運ぼうとしかかる虎の少年な辺り、
依然として何かしらご立腹なままでいるのが感じられ。
そういう態度がさすがに太宰へも意外。
いつもは執拗にチビだの短気だのと揶揄する太宰へ、
身を挺してでも庇うという方向の態度しか見せて来なかった彼だけに、
これは相当頭に来ているご様子で。
歳の差やら経験値の差やらから、微妙な上下関係はあるだろが、
それでも主従とまでの歴然とした立場の格差があるでなし。
仲がいいからこそ、うっかり距離感を計り損ねたり、
図に乗ってしまって言いすぎたりしての結果、
多少の諍いくらいはするだろう。
ただ、太宰と芥川という 知己だが他者もいる空間でも
ご機嫌が傾いだままでいる敦というのは珍しかったし、
同坐する存在を不快にさせるような格好で、
そうまで我を張る子ではないと思っていただけに。
そこまで怒らせるとは、こやつ一体 何やらかしたのだと、
太宰としては、中也に向けて“大人げない奴だ”という先入観が早くも立ち上がりかけてもおり。

 「とりあえず。
  何があって喧嘩していたのか、あんな様相になったのか、
  差し支えない範囲で話してもらえないかな。」

場所を提供したのだからと、上から目線でそうと言い出せば、

 「…っ。」

何が嬉しくて痴話げんかの詳細を他人へ話せるものかと、
そこは常人の感覚でムッとしたらしいのが中也だったが、
何か言い返さんと仕掛けた間を詰めるよに、

 「良いですよ、何があったか話します。」

依然として怒っておりますという顔のまま、
珍しいほど単調な声音で、敦がそうと言い出したのだった。



     ◇◇


敦の急な非番を知っているのも、
ポートマフィアの上級幹部なのだから容易いことなんだろうと思った。
様々な情報網を把握していようし、何なら芥川に訊くという手もあろう。

 『夜桜を観に行かねぇか?』

ボクが喜ぶだろうからという方向で、
もしかして太宰さんがさりげなく教えたというのもあるかなぁ?
中也さんへの借りは嫌がる人だから、
ボクの知らないお付き合いの中で幾つかそういうの持っていて
それを相殺したくてとか何とか…などと、余計なことを推測している間にも
待ち合せをちゃっちゃと決めて、非番当日の前夜に待ち合わせ、
軽く食事を済ませると、そこから何とバイクでの遠乗りとなり。
少し郊外の鄙びた風情の町へとたどり着いた。
この時期の八重桜が有名な土地らしく、
遠方から来る人出を見込んでのそれだろう、簡易なそれながら駐車場もあって。
それで着替えさせられたのかと、プレゼントされたライダースジャケットの肩をややすぼめ、
でもでも、綺麗なさくらの散らばる夜景には素直に見惚れた。
地平の彼方までとかいうほど壮大なものじゃあないが、
一本桜としての荘厳なたたずまいの巨木が何本もあり、
はたまた、次の季節の顔だろうヤマボウシも若い緑を抱えていて、
陽が出ればそちらとの拮抗もまた見栄えがするだろう、
心豊かに、伸び伸びといられる風景の里。
そんな中にあって片田舎とは思えぬ作りの寺社があり、
漆喰の塀に囲まれた敷地のうちには丹精込めた庭がある。
玉砂利を敷いた参道を進んでの奥の院、
ようよう磨かれた渡り回廊の巡る庵の前には、
秋は紅葉、今は桜の木々が借景となって望める中庭があり。
それをしみじみと眺めつつ禅を組む会や和尚様の法話を聞いたりという集まりも開かれるとか。
夕刻ギリギリという間合いに着いたその上、
周辺のあちこちを観つつ辿り着いたのが閉門間近い刻限だったようで。
しかも、あとで判ったことだが、
こちらにおわすやんごとなき立場の御仁が近々静養にお越しの予定もあってのこと、
警戒がやや厳重になってたらしく、

 「…お、やべぇな。」

一応 前調べはしていたが、
少しずつのずれから、目的の奥の庭についた時刻が相当遅く、
一通り堪能したものの、さあ出ようと構えたのがちょうど閉門の時刻。
夜陰に浮かぶ花霞の淡い緋色の華群、月に照らされ幻想的な光景を満喫して、
じゃあお暇しようかという足取りではあったれど、
妙にとげとげしい、警戒色の強い気配が庭内を巡っているのが嗅ぎ取れて。
オフではあれ、そこはマフィアの上級幹部。
警戒への感覚が常人とは比べ物にならぬところが災いし、
今宵の警備の級が少し厳しいのを拾い上げており。
ただ注意勧告されるだけならいいが、
もしやして素性を記せなんて対処にされては面倒だなと感じた。
自分はいいが、共に居る連れはあの武装探偵社の社員、
何かで検索を掛けられて、街なかの雑踏ならいざ知らず、
こんな僻地で二人でいたことが明らかにされては面倒だろうに…と、
これもまた 年少な愛しい子を庇う癖が染みついていての 過分な判断がついつい立ち上がった。
……もうちょっと落ち着いておれば、
見咎められたなら“いやぁすみません”で流しゃあいいもの、
それでダメなら自分が異能を発揮して宙へと浮かんで逃げるなりし、
寺だからというのじゃあないが キツネにつままれたような…という誤魔化しようもあったろに。
そこは彼もまた恋情に浮かれてでもいたのだろ、そこまでの合理的(?)な対処が咄嗟に浮かばず、
その代わりにと浮かんだ策が、
帽子を敦へ預けつつその身を相手の懐へねじ込んで、

 「え? ちゅうやさん?」
 「しっ、黙ってろ。」

背後にはクスノキだろうか丁度いい背もたれもあったので、
そこへと押し付けるような格好で、押し込んだそのまま、無防備な懐に身を割り込ませる。
そうして手練れな腕を駆使して抜き身のナイフでも繰り出しゃあ相手は震え上がって…じゃあなくて。
まだちょっと華奢な肉づきの、それでもしっかりして来た痩躯を逃がさぬようにと抱き縋り、
いつものようにと身づくろいも素早くこなす。それから…



 「そこに誰かいるのか?」

カカッと目映い明かりが照射され、
丁度向かい合う角度だった敦が、わッと咄嗟に目をつむった瞬間、
それこそ擬態の仕上げと言わんばかり、中也がぎゅうとしがみついて来て、

 “え?え? ええ〜〜〜?!”

何やら不審者扱いされてるようなところへ持って来て、
中也の取った行動も 一切説明なしだったのでただただ驚くしかなくて。
ビックリするあまりポカンとしている敦の顔に当てられていた、
巡回用手持ち電灯の光がその懐まで下りてゆく。

 「…おやおや。」

そこには小柄な存在が敦の懐ろへすっぽりともぐり込んでおり、
意識して肩もすぼめているがため、
ちらと見ただけならば年少な男女のカップルに見えたに違いなく。
双方とも勇ましい型のジャケットにパンツといういでたちだが、
中也の仕草がまた、何とも完璧に楚々としており。
やや首をすくめることで肩に下ろして首条へまで這う長さのくせっけを細い顎に触れさせ、
伏し目がちとなった長い睫毛が頬に触れるほどに視線を下げて含羞む、
いやだ恥ずかしいと身を縮めている美少女に十分見えるから恐ろしく。

 「ここは時間には閉門するお寺なんだ、悪いがもう閉める時間でね。」
 「まだ学生さんみたいだし、遅いから気をつけて帰るんだよ?」

警備員らしい男性二人が、やんわりとそんな忠言を告げて来て、
素性を聞いての咎めるところまではいかない様子。
それへ、

 「敦、帰ろう。」

ジャケットの二の腕を柔く掴んだまま小声でそう急かされ、ああと我に返った少年。
向かい合う警備のおじさん二人へ ぺこぺことそこは条件反射のようなもの、
すみませんでした、お騒がせしましてなんて口から出るまま謝辞を並べ、
機械人形が如くに庭園からたったかと退散。
傍目からは
十代の初々しいカップルが大いに照れつつ逐電はかってるような、
いかにもな ぎこちなさと映ったに違いなく。
たったかという急ぎ足はなかなか弛むことのないまま、
どんどんと里外れへまで進んでゆく敦だったのへ、

 「? おい、敦?」

もう誤魔化せたんだからいいんだ、止まれと声を掛けたものの、
少年の足は止まらぬまま。
それどころか二人の間がどんどん空いてゆくものだから、今度は中也の側が慌てた。

 「すまん敦、いきなり勝手にいつものカモフラージュやらかしちまって。」
 「……。」

何だぁ、びっくりしたじゃないですかぁなんていう物分かりのいい返事はなく、
小さな背中はずんずんと遠のくばかり。

 「だから待てよ。」
 「知りません。放っといてくださいっ。」

どうやら怒っているらしいと気がついて、慌てたように後を追っていると、
その進行方向から思わぬ存在が現れて………。




     ◇◇


今にして思や、それこそ日頃の 夜陰に紛れての任務やら、
人目は極力避けて面倒ごとを広げないという原則にのっとった動きが出たまでのこと。
そりゃあなめらかに身が動いての、手慣れた対処が取れたのもそういう下地があったればだというに。
虎の少年にしてみれば、何でこの人が女性に成りすますのだ、
何でこういう滑稽な、道化回しになるような誤魔化しをしたのだというのが
我がこと、醜聞ぽい色合いの恥だとばかり、腹立たしいということならしいのだが。

 「…いや、そういう擬態は探偵社でも奨励している種のものだよ? 敦くん。」

まだ実践ではやってみたことはないけれど、
そうやって誤魔化してやり過ごせるような事態だったら、
そうさね、私と君ならこの懐へぎゅうぎゅうと押し込めてやってるところだがと。
素人でも思いつくだろう咄嗟の擬態、
何ほどのお怒りかと思や そんな他愛ないことだったという独白へ、太宰が少々唖然とする。
皆へと丁寧に淹れた茶を振る舞い、
そのまま他の部屋へ引きかけたのを目顔で引きとめられてのこと、
少し下がった位置に据えていたスツールへ腰かけた芥川もまた、
何というか、頓狂なことを言ううなぁと感じたらしく、目を見張っているばかりであり。

 「見ず知らずの他人が見ている前で抱きしめ合うよな格好になるのが
  そうまで恥ずかしかったのかな?」

思わぬ級で純情だったのだねぇなんていう呆れ半分、
ほら御覧、いつまでも指一本触れない状態で置くから、
敦くんたらまだそんなことを言うよな段階でいるんじゃあないのかいと。
嗜めるというより嘲るような貌で元相棒を見やっておれば、
他でもないその中也からこそ真っ直ぐに強い眼力でもって睨み返され、

「そうだ思い出したぞ。
 ああいう場合の緊急避難『傘の下で相討ち』なんてのを思いついたの、貴様じゃねぇかっ。」

「あ? そうだったっけ?」

いや、方法論としては誰でも思いつこう演技だし、
たまたま自分たちがそういう名前を付けてただけで、
発案者だろうなんて言われてもねぇと、混ぜっ返す間もあらばこそ。
そのやり取りへの反射よろしく、
いきなりそりゃあ鋭い表情になった敦が太宰の方を睨みつけての叫んだのが、

 「太宰さんともキスしたってことですかっっっ!!!」



   ……………………………………………………はい?


  「ちょっと待て。」
  「待ちたまえよ敦くん。」
  「…………人虎?」

察しのいい悪いで今現在の心持ちもずんと違うのだろう残りの3人が、
それぞれの想いから虎の子くんへと声をかけ。
いきなり何を言い出すのかと見当がついてなかったのは芥川で、
何でそうなるんだという方向で、
切迫しつつ“待て待て”と宥めるように声を掛けたのが中也であり。そして、

 「…中也がどさくさ紛れに敦くんへ接吻したのは、
  大方 悪戯心からのことだ。
  この方法で誤魔化すのが
  毎回接吻つきという仕様になっているわけじゃあないから誤解のないように。」

本来なら、放っといてやって自分たちで解決させた方が
時間もかかって面白かろうと思わなくもなかったが、(こらこら)
これ以上 無為な時間を彼らに使ってやる義理はないし、
何より、悪戯心を起こした馬鹿幹部はどうなってもいいが、
混乱している敦少年を追い詰めるのは良策じゃあない。
せっかくいい雰囲気でいたものを突然出現してふいにされたその上、
すっかりと同情気味、感情移入しておいでの愛し子の注意を
頼りない弟分から引き剥がしたい気分の方が勝さったがため、
全部がお見通しであった太宰が
はぁあと深々とした吐息と一緒に、一息でこう助言してやっている。

 そう、つまり

思わぬ見回りに見咎められても、他愛ないカップルで〜すvvと誤魔化せるよう、
野暮なことは言わないから、とっとと去れ去れと追い払われるよう、
素性を説明しなくても済むようにと持ってゆくための 安直な芝居を仕掛けたまではよかったが。
思わぬ機会で密着した相手はそりゃあ愛おしい少年であり、あわあわ浮足立ってる様子も可愛い。
そこでついつい悪戯っ気が出てしまい、
どうせカップルに見せかけるのだからと、勢いでキスまでしてしまったのらしく。
堂に入った女の子ぶりっ子を披露した中也だったのもショックなら、
え? こんな芝居って日頃からも やっているのですか?
攪乱のためとはいえ、そんな…口づけまでしているのですかと、
そちらは早合点もいいところだったが、そんな誤解を上乗せしての衝撃事態だったらしくって。

 「それでなくとも、
  此処のところ キミとの身長差を 今更気にしていた敦くんだから、
  こちとら不用意に近寄ることさえ忍ばれていたっていうのに
  当の本人さんはそんな大胆不敵なことをやらかすなんてッて、頭の中が大混乱しちゃったんでしょ?」

 「身長差…?」

そうさ、ついさっきキミからやらかしたその通り、
敦くんの側からくるみ込むように抱きしめると収まりがいい。
そういうバランスになってることを示すのがキミからのお怒り買うんじゃないかって
このところの何かにつけて 気に病んでてたんだよ、この子はね。

 「好きです好きです、ぎゅってしたいですって思っても、
  こっちからだと何てのか、
  子供扱いすんじゃねぇとか 女扱いするなって怒られやしないかなとか。」

そうなんでしょう?と、ご丁寧に幼い口ぶりでの代弁までされてしまい、

 「〜〜〜〜〜。/////////////」

手品でも使って瞬間的に酒でもあおったかというほど、
此処まで人が真っ赤になれるのは初めて見たと居合わせた面々が揃って思ったほど、
日頃の色白な頬から耳から見事な朱に染めている敦であり、
それがそのまま、太宰が代理で暴いた一連こそが正解だという答えであるのだろうて。

 「えっとえっと、あのあの、えとあの〜〜〜〜。//////////」

何があったかの具体的なところまで、あっさり見抜かれたその上へ、
自身の心情までもを微に入り細に入り晒されてしまい、
それでの真っ赤っ赤な切迫困惑状態となっている子虎くんへ、

 「…クールダウンした方がいいみたいだね。ちょっとこっち来なさい。」

まだまだ幼いのだということも重々判っているらしい
教育係の先輩として、
ウッドデッキになっているテラスの窓をからりと開けると、
おいでおいでと 今は朱色の虎くんをそちらへ招いた太宰であった。

 





to be continued.(19.03.26.〜)


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 *ちょっと勢いづいてしまって一気に書きすぎましたね。
  だいぶ前、
  それこそ『パレ―ドが始まる前に』の後日談的な話として構えていたネタでした。
  でも、小さいネタがぽこぽこと浮かんでしまい、
  そっちから書いてるうちに、これはどんどんと機会を逃し続け。
  もはや “今更それを言う?”な話になっちゃって。
  でも結構ああだこうだと考えた代物だったので捨てるのも惜しいしと、
  未練がましく抱えてたんですが、
  ええいと見切る格好で今回の放出となりました。
  ホント、今更ですよね身長差なんて。
  何ならどでかい白虎になってスリスリ甘えてやりゃあいいのに。
  図体でかくても心はキュートなままなくせに、
  猛獣使いと虎みたいな、そこまでの仲になってるくせにと、
  言ってやってほしいところですよ、まったくもう。